365日坊主

写真,照片,사진,Photo,ภาพถ่าย,foto

グラヴィティ

台湾にきて2ヶ月が経った。けっこう情報量的に寂しくなるかと思ったけど意外とバランスが取れている。ネット世界だからかもしれない。69日から禁煙している。ついでに今日からtwtterもつぶやくのをやめてみる。


軽やかに見えるらしいという発見があった。あれもこれも自由に軽やかに楽しめたのは齋藤恵汰や中島晴矢がロジックで家を作ってくれていたからなので、それらの庇護無しだとどこまでいけるか不安でもある。しかし我々には増田捺冶がいる。もういまや誰も書かないブログを書き、youtubeを更新し、instagramで呼吸する。いろんな手段が増えたものだ。2008年からは想像が付かない世界だ。それほど2008年というのは自分にとって大事な年だった。ブログを始めたのが2006年だったのに、始まりは2008年のように感じる。まだまだCDDVDが生きていて、Netflixはビデオレンタルの補助的なものとして「ネット配信」を開始した。


[給水大臣ゆうき]

https://www.youtube.com/channel/UCsCAyRcMOTEOYWfsohlW4BQ


令和も始まったので、ね。2019年にyoutubeを始めるということに照れもある不思議なSNS.山本悠と会ったときにyoutuberの話をされて乗っていない自分を自覚してから気になっていたのかもしれない。瀬戸内寂聴がケータイ小説を書いたときのことも思い出した。(調べたらこれも2008年の出来事だった)


というわけでチャンネル登録よろしくねっと。それから山本悠がYoutubeの理念に「世界には色んな人がいる、ということが分かるため」という話が普通に感銘を受けている。海外の言葉も分からない子供が料理しているチャンネルや、ただ座っているだけのチャンネル。それぞれみんな統一性をもたせつつも共存している。そのワールドワイドな世界に乗ってみたかった。(それはブログやTwitterがなし得なかった、instagramも惜しいところまで行った)世界線だと思う。


そしてこれはニコニコ動画が歩めた道なのかもしれないと思いを馳せる。カルチャーを維持しつつ収益構造をユーザーに開放すると何が起こるのか2008年は知る由もなかった。あれから劇的な変化は無くなったと思う。プラットフォーマーは固定され続けてて、未だ2019年にまだTwitterをやっているとは思わなかった。


小林健太・稲葉あみ・秋山遼と久々に(いや、初めてか)湘南で焚き火をした。海は意外と寒くなく、火にあたるとちょうどよかった。こういう時間が人生において何回作れるのだろうか。増田捺冶は高橋修と誰かが考えないといけないことを考えてくれる。とてもありがたいと同時に、こういう議論がどんどん世界から見えない場所で行われる寂しさも感じる。生きづらいことを生きづらいと議論できない寂しさ。それらすべてが政治や社会福祉の問題に回収されるやるせなさ。問題は「役割」と「職業」と「ぬくもり」が足りないだけなのに。


今住んでいる場所は叁朝屋。サイトはまだない。

  1. 2019/07/16(火) 04:07:32

台北に住みました

2019年の5月9日になった。たぶんそれは海の上で、今は台北市に向かうバスの中だ。11日前に30歳になり、これから台湾で暮らすことにした。東京でやることがなくなり、居場所を新たに作るためだ。東京⇔沖縄という円環の中に自分を閉じ込めたくなかったし、なにより新しいことができればそれでよかった。東京に嫌気がさし、沖縄を開拓し、また東京を再発見したところで会社という帰る場所を確保した。この強化された地盤を東京で活用することができず、ずいぶんやきもきさせたと思う。この地盤は台湾で増やすことにした。端的に物価が安いしね。 2016年からギュウギュウに固められた台湾へのボルテージは今ここに点火された。今考えれば呼ばれていたね、台湾に。伏線の回収だ。木皮成くんも台湾がパフォーマンスの中心になると教えてくれていた。台湾に向かう飛行機の中で沖縄に行く時を思い出した。新天地への恐怖。こればっかりはしょうがないね。A地点からB地点へ向かう宙ぶらりんの状態。どこへも着地してないこの身体。

 (ここで飛行機から降り、15日まで時間が飛ぶ) 

時間が経つ速さに驚いている。雑誌令和の続きだが出発前日の8日に祖父が亡くなった。台湾に到着した日にお通夜に、翌日に葬式だ。人生初めての葬式に参加できなかったのは心惜しいが、こういうことなのだ。ライフステージに変化はなく、ただ同じレイヤーで移動し続けている。祖父が背中を押してくれたのだと解釈している。台湾にきて一週間。家具が揃ってきた。語学を勉強していると、勉強のやり方が分からないことに驚く。そういえば勉強なんてしたことがなかった。言葉を知るほど日本語の構造が明らかになっていく。そして英語も上手くなっていく。分からない時はとにかく英語に頼っちゃう。思うに自分がなぜここにいるのかと問うてしまう。もっと語学ができる人が行くべきだと思うという念が強い。けれど実際に動けるのは自分だけ。帰れない、居場所がないということはこういう仕事を押し付けられるのだ。ただそれだけを知って欲しい。家庭があり、土地に紐づいた仕事がある人にこの仕事のお鉢は回ってこない。ただ、この仕事にも伝統と歴史があり、高めていくことができると。ただ今は信じたい。
  1. 2019/05/17(金) 18:08:00

台湾到着

13日に髪を切った。初めての短髪。ツーブロック指定した。かやさんに連絡した。
14日に那覇経由で台湾到着。
住所をきいて増田捺治と合流。まずはカレー屋へ。
家にr8studioのメンバーが集まって発送梱包作業。86冊出ててすごい。
夜はみんなで夜ご飯へ。映画を見たり、映像を見せたりした。


1時間映画を完成させるのすごい。完成はとにかく奇跡である。
僕も唯一つくった映画を見せた。


渋家映画祭に出品した10分縛りの映画。「人が死ぬと時代かわるの面白すぎるでしょ!」というマインドを使ったギャグが今見ると新鮮。

次に大学1年の終わりに作った映像を見せた。

これは1stヘルハウスから渋谷に離れていく動画。
このテストが20歳の作品に受け継がれていく。
そしてこの1年後に撮った映像がこれ。



背景をシンプルに、色彩も無くして地味さを攻めた。地味が当時のブームだったのだ。
ほぼ10年前という時代を見ることができたと増田捺治は言っていた。

24時ぐらいに寝た。

15日は又吉チームらのライブ演奏があるという予定で動く。
昼から自転車で昼ごはんを増田捺治と瞳と食べに行く。
昨夜から台湾でヌード撮って雑誌つくろうよという流れになり、みんないいモデルさんに電話したりしてくれる。1人合流。そして撮れる場所探しで屋上を3つめぐり撮影する。ほぼフィルム。初対面の人のヌードは緊張する。
夕方は草御殿へ行き案内してもらう。そして、dream communityというプレイスへ行ってライブを見て、そこの人と話して焼肉屋へ演奏者たちと行った。
「不自然さ」について話した。
コミュニティは7年ぐらいで育つので、そこから何に変換するのか。それは都市に委ねられている。土地のエネルギーやメンタリティに依るところが大きい。交換可能性がお金しかないと、閉塞感につながっていく。那覇とはまたちがう台湾シーン。年代としては僕らより2世代上という感じ。50歳前後。ビルを所有して、アーティストをレジデンスさせて展示させている。徹底した自由が蔓延しているが箱がきれいで豪華なだけに不思議な感じ。これがオンボロ廃墟ビルだったら似合う景色なのに。
齋藤恵太が渋家を渋谷で始めたときのように、場所に対するセンスが超重要だと思った。
へとへとになって帰った。思い返せば、理想でもあるし、困惑でもあった。アーティストの応募を受け付けているわけではなく人間関係のネットワークだけで流動が起きていたのは良かった。システマティックにしなくちゃいけない規模なのに、そうではない感じ。

16日は、別のコミュニティ見学へ。「宝蔵巌国際芸術村」へ歩いていった。近い。山肌に張り付くようにコンクリのレトロ建築がコケのように群生している。まるでジブリ映画か。はたまた映画のセットか? 建築とロケーションが魅力的すぎる。これはまいった。まいったね。素敵すぎてもっていかれそうだ。サブカルでもなく、大きな規模であり、各部屋で制作が行われ、展示もされていた。ある種の理想である。少なくとも僕が思い浮かべる理想の状態すら超えていた。しかも田舎にあるのではなく、中心部から歩いていける距離だ。(15分という地味にめんどい距離ではあるが)。
周囲からはここに対する批判もあったり、社会とそれなりに接続しているさまが伺える。そして展示は正統派で、キャプションがあったり壁を使ったり等けっこう形式主義を感じた。本当のアートを受け入れる土壌があるのかは謎。でも、ここまでオルタナをやっていわゆる原宿の「デザインフェスタギャラリー」みたいにならないのは土地柄か。混乱と静謐が同居していて、普通に物件が欲しくなった。山肌に沿っているので、どの物件も日当たりがいい。道が迷路ですべてを保管しておきたい欲求にかられる。ひとつの参考エリアである。東京や日本では不可能だとは思う。
夜ははじめての釣り堀でのエビ釣り。

  1. 2019/02/17(日) 15:46:00

マカンコウ日報

25日ぶりに那覇にやってきました。
アーカイブマインドにはいって、ナハウス来るたびに写真とっている気がする。
渋家とちがって、ナハウスは変化が好きな人が多いので来るたび変化があって面白い。リビングの写真だけでどの時期か推定できるところもある。東京と那覇の交換もちょくちょく行われるようになって2016年の成果がじわじわ出ている。渋家の人のナハウス認知度も高まってきた。前回年越しで来た時に本棚を作ったりして部屋が気持ち広くなった。そしてソファの導入。これも気持ちがいい。
_DSC3309.jpg

あと木のソファーが低すぎて不便だったので高さを加えた。木工作業ができるようになったぞ。スピーカーも気づいたら増設されていて、イベントもより音量を増して実施できるようになっていてビビった。 そして今更ながら栄町商店街内に存在する強みが分かってきた。歴史とともに生きるって気持ちがいい。歴史から切り離された感が強いひとにとって強い味方だ。食べ物がある。これを最低ラインとして生きていると「人のために働くか!」という気持ちになってくる。「幸」がある。海の幸、山の幸ときたらここは人の幸だ。
_DSC3306.jpg 
歴史が壁に積み重なっていくので、面がいい感じになる。
肉も野菜も安いので栄町で買って冷蔵庫に補給した。また次きたらこの景色は変わっているだろう。人数も5人と少ないので、承認から実行が早い。東京の比ではない。
巨大ソファーの資金投資をしてくれたシーマン、Bahi、ぬまさんには感謝しかない。周囲の人に愛されているところも旧来のコミュニティっぽくて良い。ナハウスに住んでいる人へのリスペクトがある。あと冷蔵庫の上にある手作り梅酒は我那覇純都の差し入れだ。
こういった歴史をまとめた「年刊ナハウス」というのがあるので手に取る機会があれば読んで欲しい。那覇でこのような場所を維持する熱量というのが人それぞれあって興味深い。
  1. 2019/02/12(火) 16:34:00

インスタグラム楽しい

もう文字ではない。
最近はずっとinstagramで日記したりしてる。
しかもタイムラインじゃなくて24時間で消えちゃうストーリーで。
科学は進歩しているから、文字じゃなくてもちゃんと検索できる時代が10年でくると思う。
だからもうYoutubeやInstaストーリーでやっていこうと思っている。
文字じゃ勘違いされやすいでしょう。
  1. 2018/08/03(金) 21:33:05

future in the lie

今後なにに巻き込まれて、何を撮ることができるのか。
それを未来から見ている自分を発見すると、気が引きしまる。

夏は収穫の時期。どんどん写真が生まれる。
部屋で引きこもっててはいかんもじゃ。
はやく足の小指の骨ヒビが治らないかなぁ、という構え。
  1. 2018/07/23(月) 19:03:58

エニアグラムの2週間だった

なんかふと、エニアグラムに舞い戻ってみた。大学時代ぶりぐらいだろうか。
自分はタイプ7。都市のみんなもこれで分析してみたい。
タロットも数秘術もこのところ出番はない。

タイプ7の分析はここが的確だ。
http://commu-labo.info/contents/simple-enneagram/type/type7.html
恐ろしいほど読めている。自分以外のタイプをここまで分析できるって、やはり専門家はすごい。
逆に言えば他人とはここまで恐怖が共有できないものなのかと驚きがある。

数秘術とエニアグラムがところどころ対応していて覚えやすいというところもある。
ここ2週間ぐらいずっと寝るときのタブで開いてあったけど、ここ3日ぐらいはご無沙汰。
自分の問題点、つまづきを他人に言語化してもらうと気持ちが良い。
  1. 2018/07/13(金) 23:53:00

休憩の儀式

昨日、今日と休憩を18時-19時で導入した。
昨日はポーカー、今日は大喜利。
これはとてもよいかもしれぬ。
心理的安全性もいけるし、普段使わない脳も使える。
こういう瑣末なことも記録できるから日記はよい。
毎日書こうと決めていたけど、なんか机に向かうのが照れ恥ずかしい。

・茶道は動作 / 剣道は声
・大喜利はフリースタイル
・秘密はいずれバレる
  1. 2018/07/13(金) 23:45:48

思い切ったことはしないよ、安心しため

なんか「東京にいるの?」とよく聞かれる。
沖縄に移住したのだと勘違いされている。
あれは1年だけと決めた僕にとって仕事だ。
そうでも考えないと自ら溢れる愛に溺れてしまいそうになる。
そんな軟弱な人間になってはいけない。この世は戦争だ。
愛はコントロールしなくてはならない。
たぶん総量が決まっているから。

移住とか海外とか思い切ったことはしない。僕はしない。
だから安心してほしい。そういったものは可能性を広げるように思えて、逆に狭めている。
日常をずるずると引き伸ばして狂気へと到達する。
それだけが僕を遠くへ連れていってくれる。
  1. 2018/06/29(金) 11:55:28

石田くんは日本語が上手だから

「石田くんは日本語が上手だから苦しむでしょう」とれいちゃんに言われたことをたまに思い出す。
気づいていなかったけど、どうやら文章が上手らしい。なにも訓練らしきことはしていないのだが。
きっと言葉は身体と結びついている。テクニークとボディテークは別なのだ。
だから今日も自分なりに踊るしかない。踊らない人間に、筋肉のない人間に、文章は書けない。
これだけの真理を小学校では教えてくれない。
気持ちいい穴にさようなら。
  1. 2018/06/29(金) 11:51:41

根元の問い

キーワードの更新が必要だと思います。
そこでいろいろなものを書き出して、株が上がっているもの、下がっているものをリスト化しました。
そこでやはり立ち返るべきは根元なる問い。
「人間って何だろう?」「この歴史はなんだろう?」
といった口に出すと哲学の問答かな? と思われるようなこと。
答えの出ないことに、仮説を立てて結論立てて、人を騙すこと。
人は物語に包まれながら死にたい。
愛する者のために戦って死ぬのはいいが、無意味な死は耐えられない。
だからいい死に方をするために写真をhttpプロトコルのようなものに包んで、パッケージして、未来へ送付する。
ちょっと夢があるね。
  1. 2018/06/26(火) 18:24:09

twitterをやめブログに戻ってきた

これはすごい時代がやってきましたよ。
人間の本質が露わになってきた。
そういうものと距離をとらなくちゃいけない。
「インターネットやめろ」
これを真に受けたわけ。
だから、長文の面白い世界へ、とりあえずブログへ戻ってきました。
よろしく。
  1. 2018/06/26(火) 17:53:29
Next

カレンダー

07 | 2019/08 | 09
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
+ 月の一覧をひらく
 

カウンター

mail

メールはこちらから

2006年12月14日設置