365日坊主

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硫酸の海を見てきた

今日記事のネタにしようと思ったこと。


なぜ成績とブログの面白さは反比例するのだろうか?

 経験上、学校の成績がいい人より、成績が悪い人、学校に行ってない人のブログが面白いことを発見した。 
 ネタにしようと思ったけど、文を練ってみたら書くのが難しそうなので、却下。

    ×   ×   ×

これは困った(´・ω・`)
その日の記事は、その日に思いついたことを書くスタンスだったので、
一度考えたものが脳内却下されると、書く記事に困る(´оωо`)

そういえば、高校になると自由度が下がるよね。
高校生って自由度が高いと思ってた。
失わないとその大切さは分からない。

小中学生には絶対に分からない事。
進級できることの安心感
この「進級できる」という行為が普通だと思ってた。
進級できて当たり前だと思ってた。
そのことが当然だと思ってた。

何の苦労もせずに、なんの杞憂もせずに。
ただ時間が来れば進級できるという大切なもの。
そして、今。
高校生になって、やっと分かった。
大切なものを失ってやっと分かった。

留年ってのは、先生が生徒に勉強させるための脅し文句だと思ってた。

留年ってのは、ある一部の生徒だけに関係あることだと思ってた。

留年ってのは、自分には関係ないと思ってた。




 『北海道の学生が修学旅行で京都にいけない』 と知ったとき驚きを隠せなかった。
それが当たり前だと思っていたのが、当たり前じゃない人がいる。
その事実が心に大きくのしかかった。

 『沖縄に住んでる人が雪を見たことがない』 といったときは驚愕した。
いや、考えればそれくらいは分かる。
しかし毎年のように雪を見ているから雪が見れない人の気持ちが分からなかった。

当たり前のことが、当たり前じゃなくなる。

このことは人間にかなりの打撃を与える事が分かった。

高校生は、自由度が高いと思ってた。
バイトもできるし、バイクも乗れるし、逆上がりもできるし、結婚もできる。
けれど、それは物理的でしかない。
高校生は「留年」という恐怖から逃れるために日々鍛錬している。
しかし、【進級できることの安心感】を失ってしまうのは、その自由度に比べてリスクがあまりにも大き過ぎた。

自由度が高くても何もできやしない。
留年から逃れるために、やらされる事がある。
そのために好きな事ができない。
「高校生になったら○○をしよう」
「高校生になったら○○がしたい」
そんな……夢を持っていた。

でも今は、「小中のときに○○をやっておくんだった」と逆転している。
「確実な進級」という土台がないと何もできない。
塩酸のプールに、竹馬で立っているようなものだ。
歩きたい。
しかし、歩くと倒れてしまう。
大海原の塩酸の海。
どこでも、どこへでも歩いてゆける。
しかし、歩けばそこは塩酸の海だ。

たとえ自由度が制限されてていても、塩酸の海がないことがどれだけ心の支えになるか。

オリの中で自由に歩くか、塩酸の上で恐る恐る歩くか。
どちらが幸せかは一概には言えない。



(この記事はすべてフィクションです。)

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  1. 2006/05/29(月) 20:44:57
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2006年12月14日設置