『彼は言葉だけに気が付かなかった』
誰もが春の次に夏が来ると疑わなかった。
世の中には夏と冬しかないのに。
その中間をニンゲンが名付けただけ。
そんな彼も入院するときがきた。
なにかの病気があるようだ。
止るまもなく家族が呼ばれた。
父は愕然とした。
時が止ったようだった。
ドクターは彼の腹を開いた。
次の瞬間ドクターは目をつぶり、
黙って彼の腹を閉じた。
また家族は呼ばれた。
ドクターの言葉に、
父は息を失った。
体内の水分は目から流れて、
血液は逆流した。
彼は元気だった。
母は世界が白黒に見えるように、彼を家へ連れ帰った。
父は2本足で元気に走る彼を直視できなかった。
父は太陽になった。
明るく振舞い、笑顔を絶やさなかった。
もちろん涙なんて見せない。
母は海になった。
彼の服を洗濯するときに、においを嗅いだ。
この匂いが永遠でないことに触れた。
母は白黒の世界で泣き続けた。
「あと1週間で死ぬとしたら何がしたい?」
父は聞いてはいけないことを
訊いた。
元気に飛び跳ねる彼に訊いた。
彼は長い時間をかけて死ぬ前にやりたいことを話した。
○○がヤりたい。
××がしたい。
△△をしてみたい。
彼は普通の男の子に戻っていた。
父は太陽の変身が解けていた。
父は頬を伝う涙に気が付かなかった。
自分の声とは思えない嗚咽をかみ締めて、彼の前から逃げた。
彼は「あと1週間で死ぬとしたら」をただの質問として受け止めた。
この仮定をただの想像として片付けた。
口で言うだけで、なにもしなかった。
7日後の夜。
彼は風呂上りの身体に、新品のパジャマを着て寝床に向かった。
父と母に笑顔を見せた。
「おやすみ」
父と母は枯れていた。
「ああ、おやすみ」と父は口に出そうと思った。
父の声帯はピクリとも動かなかった。
彼は颯爽と階段をのぼり布団にもぐり目をつぶった。
新品のパジャマはいつまでも新品のパジャマだった。
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