365日坊主

つみあがってきた。

批判するときに気をつけるべきこと

何事にも批判精神を持つこと。

これが批判力を身につけるコツ。

まずは疑うことから始まります。



「なぜなぜ?」
「どうして?」
「なんで?」
「ホワイ?」
疑う癖を持つ人の口癖です。
常識、テレビ、新聞、疑うことのできるものはそこらじゅうにあります。
批判力がないと指摘され久しいですが、闇雲に批判するのも面白くない。

テレビや新聞が伝える情報を鵜呑みにするより、批判精神を常に持ち疑ってかかることはとても大切なことです。
本を読んでいるときも批判力はとてもよく働いてくれます。
疑うことにより脳はとても活発になるのです。
さらに深く考えることができるようになり、自分の意見を持つことが容易になります。

ただ、メディアに対してならばそれでもいいですが、意見やアイディアを批判するのは危険が伴います。
批判にもルールがちゃんとあります。
ただアイディアの欠点を挙げていき批判するのは簡単。
でも、これではただのネガティブ人間。
前に進むためには、代案、改造案、解決策を添えるのです。

世の中に対する批判だって誰しも持っていることだと思います。
だからって批判だけしていい気になるのは、スマートなやり方じゃない。
ただ欠点を指摘してもなにも前へは進まない。
にっちもさっちもいかなくなって停止してしまうのがオチです。

政治が悪い。
教育が悪い。
これらを批判するのは、知識人っぽくなれるし、批判するほうも爽快です。
でも、それだけじゃだめ。
代わりにもっと素晴らしいアイディアを添えてあげるのがジェントルマンです。



まとめ

常に建設的であれ!



常にポジティブであれば、楽しい。
  1. 2007/01/30(火) 20:06:04|
  2. 超エッセイ
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存在が分からない単語

その国の言語には国民性が現れます。

思想も反映され、考え方の特徴も手に取れます。

特に単語にはそれが顕著です。



「不登校」という単語にも日本の思想を読み取ることができます。
これは「登校」という単語に「不」という接頭辞が付いた言葉です。
つまり登校が主で、不登校が従の関係を暗に表しています。

登校するのが当たり前で、登校しないのは特殊なんだという差別が含まれるのです。
言語による暗の差別についてはよくニュースでも取り上げられます。(子供・子どもの表記問題とか)

それにしても「不登校」という単語がなぜ存在するのが理解できない。
コーヒー派と紅茶派を「コーヒー派」「非コーヒー派」と呼ぶ人なんていません。
【うどん派・非うどん派】【パン派・非パン派】などのおかしさには気づくのに、なぜ不登校には誰も気づかないのでしょうか。

「登校・不登校」の新しい呼び名を考えてみました。
『集団依存学習』と『自主独立学習』です。
すこし長くなりましたが差別観念が消え、ポジティブな印象にはや代わりです。
登校児童は「集団依存児童」となり、不登校児童は「自主独立児童」と訳されます。

これで主従の関係から、お互いに独立した単語となり干渉しあうことがなくなれば幸いです。



まとめ

ネーミングしてみよう



クリックありがとうでした。ベリー感謝です(´∀`*)
  1. 2007/01/29(月) 21:45:48|
  2. きょういく論
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バレンタインデー企画

2月14日。

それは世界の行事。

男から女へ、女から男へ、プレゼントが飛び交います。



どうやら日本では「黒いブツ」が飛び交う模様。
日本はどうやら【とても大きな力】が秘密裏に働いているようです。

明治
グリコ
不二家
森永
チロルチョコ株式会社
ノーベル
フルタ製菓
サクマ製菓

こいつらが容疑者。

彼らがきっと闇の大きな権力を使って作った陰謀行事。
日本では「黒いブツ」の年間消費量の4分の1がこの日に消費されると言われているほどの脅威の日です。

2月14日のバレンタインデー企画。

彼らの戦略にハマるのはつまらない。

どうやら送るのは「黒くて甘くて美味」なものらしいです。

ここは対抗して「黒いブツ」を送る企画。




黒いもの贈ります、企画



【概要】
・なにか黒いもの贈ります
・「黒いもの」ならなんでもOK
・ただし1文字目が「チ」で3文字の物品は駄目です
・つまり「チ○○」はいかんのです
・予算は1000円
・予算内なら複数個でもOK
・いまなら送料はこちらで100%負担いたします

【応募方法】
・欲しいものを記事にしてトラックバック
・18歳未満も応募可能

【応募期間】
・2007年2月8日まで

【鼻孔】
・応募多数の場合は抽選になるとかならないとか






○おまけ

 バレンタイン前の過ごし方



クリックありがとうございました。
お礼にバレンタインデー企画、発足(´∀` )さ
  1. 2007/01/28(日) 21:07:30|
  2. 企画
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平日に休むのは休日に2日休むのに等しい

2週間ぐらい前に肺のCT検査を受けに行ったんです。

あいにくその日は金曜日。

学校を休むことになりました。



みんなが学校に行っている間に休めるというのは最高の至福です。
休日に休むのとはわけが違います。
土日には休日の空気が漂います。
時間はゆるやかに流れ、太陽の日はさわやかです。

平日ではこうは行きません。
朝の空気に誰も気を止めず、ゆるやかとは正反対の時間が流れるあわただしさ。
苦労して到着した学校で数時間を持っていかれるのです。

平日に休むと自分だけが異空間に入り込めるのです。
朝起きて、ゆっくりと朝食を食べる。
保険証と紹介状と診察券を並べて、慌ただしく出かける弟たちを横目で眺める。

これは独特の余裕が生み出せます。
平日の慌ただしさを休日の時間軸から眺めることによりメタ的な視点で日常を捕らえられるようになる。
これは経験する価値ありです。

「開校記念日」などの休日で味わえるかというと、そうではない。
それは自分も休みだけど、一緒に学校に行っているコミュニティの仲間も休みだから。
その雰囲気はどうしてもぬぐえません。
たとえ周囲が平日でも、学校全体が休みだといっきに雰囲気が崩れます。

「自分だけが休み」という雰囲気が重要なのです。
周囲の慌ただしさから1歩抜けて、冷静な視点で眺めることができます。
休みなのに周囲の空気は平日。
この緊張感がたまりません。

さらにみんなが学校に閉じ込められている間、自由に動くことができます。
それは何にもたえがたい幸福感です。
閉じ込められている間は何一つ生産的なことはできません。
ところが休日の世界にいるこっちは開放感と自由とエネルギーが存分にあるのです。
周囲が1日を無駄にしているときに、こっちは1日得しています。
この「-1」と「+1」の差は、「2」です。

平日に休むのは休日に2日休むのに等しいのです。
ほんらい「-1」のところが「+1」に変わる。
それだけのことですが、この「2」というのは人生における大切な数字です。

平日に休もう。

何もなくても。



まとめ

平日に休んでみよう



クリックありがとうございます。
2位を保てる奇跡に感謝です。
  1. 2007/01/26(金) 23:03:29|
  2. 超エッセイ
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雪が降ってきました



図書館に行ったら雪が降ってきました。
もう冬に近づいているんですね。
どうりで寒いと思った。




戦利品。
図書館に通うと腕が鍛えられます。
図書館筋トレおすすめ。

読書家の筋肉がすごいのはこのためか。
「読書ダイエット」と名づけよう。




予約したこの本が面白そう(´∀`*)






ちょっと高校生ぶって新書を2冊借りました。






高校生らしく通学カバンに入ってた本。





これは私物です。借りたものじゃなかとです。
わーい、この本おもしろーい(棒読み)

学校の勉強のせいで、勉強の時間が減っちまうじゃないか。


腰痛のため縮小更新さッ(`・ω・´)


  1. 2007/01/25(木) 22:45:18|
  2. 日刊日記
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興味本位で動画をアップしてみた

いつもテキストばっかりのこのブログ。

今日は動画をつれてきました。

学校で撮影したものを(興味本位で)公開してみる。









こ、後悔なんかしてないんだからねっ!


○参考
  ペリーのお願い
  ペリーの肉声




クリックありがとうございました。
今までのお礼に「バレンタインデー企画」をやります。
果たして誰にチョコレートが届くのでしょうか。
  1. 2007/01/24(水) 23:18:41|
  2. 芸術的にアート
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速報、【裏】年賀状企画

【裏】年賀状企画の公開から20日経過しました。

はたしてどこまで解明されているのでしょうか。

(僕の予想だとコンプリートに3週間はかかると思います)



ところが、かなり解明されている所を発見。



ブログ365日坊主★裏年賀状企画
酒茶漬けさんのブログより)



なんかすごいΣ(゜ロ゜;)!!

もうほとんど解明されてる!

年賀状から早25日経過ですが、今月中に解明されそうな予感です。




クリックありがとうございました。
お礼の「バレンタイデー企画」がだんだん形になってきたので近日中に公開しますね。
  1. 2007/01/24(水) 22:20:49|
  2. 企画
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みつわけメソッド

人はこう構築されている

天才・秀才・奇才

疑問を感じる人
■■■■■■■■■
疑問を感じない人
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

17歳が人生と世界を考える - だめだより引用。
このエントリでyamaさんが人を3つに分類していたのにインスパイヤ。
(特に引用エントリのコメント欄に注目)



人をこの3つに分けて表現するメソッドを思いついた。
名づけて「みつわけメソッド」なのです。

「気付かない人」は物事を表面的にしか見れず本質が見えてない人。
偏見や固定観念にとらわれていて、とらわれていること自体に気が付かない。

「気付いた人」は自分の見ていたものが表面的なことに気づいた人。
常に疑問視することを忘れずに物事を本質を見抜こうとする。

「天才」はさらに上を行く人。
生態は謎です。


「みつわけメソッド」の能書きはこれくらいです。
実際に使用例を見てみましょう。


気付かない人
   →→→ 行動しない
気付いた人
   →→→ 何か行動しなきゃなと思う
天才
   →→→ 今日から行動に移す


気付かない人
   →→→ 既存のシステムしか理解できない
気付いた人
   →→→ 様々なシステムを試してみる
天才
   →→→ 新しくシステムを構築してみる


気付かない人
   →→→ なにを実行したらいいのか分からない
気付いた人
   →→→ やるべきことを実行する
天才
   →→→ やるべきことに優先順位をつけて実行する


気付かない人
   →→→ お金は支払いによって消費するものだと考える
気付いた人
   →→→ お金の支払いは等価交換だと考える
天才
   →→→ お金の支払いは自分への投資だと考える


気付かない人
   →→→ 自ら歩みを止める
気付いた人
   →→→ 不可抗力によって歩みを止める
天才
   →→→ 動く歩道を見つけてしまう


気付かない人
   →→→ 現在の自分から未来を予測する
気付いた人
   →→→ 現在の自分を見て焦る
天才
   →→→ なりたい自分から逆算して、現在の自分の行動にする


気付かない人
   →→→ こうあるべき
気付いた人
   →→→ はたしてこれでよいのか?
天才
   →→→ (何も考えてない)


このように物事に対しての考え方や行動からみっつに分類するメソッドです。
使用例を見てもらえば分かるように考えを広げるために使ってみると面白いです。
「ここはどのようにしたらいいのだろう?」と思ったときに、このメソッドで3つのやり方を想像してみるのです。
【気付かない人】はどうするだろう?
【気付いた人】ならどうするだろう?
【天才】ならどうやるだろう?
こうして複数の人間を自分の中に創り出して思考することにより考えに幅が出てきます。


【気付かない人】……2次元の人
【気付いた人】……3次元の人
【天才】……4次元の人
この3人はこのような世界に住んでいます。
物事を狭い範囲でしか見れない2次元の人。
多面的な志向へ脱出した3次元の人。
さらにそれを超越する4次元の人。

高次元の人は低次元の人が理解できますが、低次元の人からは高次元の人は理解できません。
2次元の人には3次元の人は理解できません。
3次元の人には4次元の人は理解できません。
逆に、4次元の人は3次元の人も2次元の人も見渡せます。

「あの人は次元が違うよ」というときの次元は通常【4次元の人】を指します。
4・3・2次元の人の割合は1対29対300ではないかと睨んでます。
2次元の人から見れば高次元の人は変な人に見えます。
彼らがどうして成功するのかも想像すらできません。

2次元の人から見ると3次元の人は自分たちの世界をすり抜けるつかめない存在です。
自分たちの世界にスッっと現れては消えていくのですから。
魔法を見ている錯覚に陥ります。

2次元から脱出して3次元の人になれた人は、世界の広がりに感動します。
そしていかに自分が狭い思考だったかを省みます。
2次元の人がまどろっこしく見えてしまいます。
3次元の世界はすべてが立体的に見えるのです。

4次元の人の世界は3次元を超越した想像も付かない世界です。
3次元の人が見えないものが見えています。


それではそれぞれの「質問」に対しての考えを「みつわけメソッド」で返答してみました。


『バナナはおやつに入りますか?』

気付かない人
   →→→おやつと飯の定義について議論する
気付いた人
   →→→バナナ裁判に突入する
天才
   →→→バナナって何?


『どうして夜は暗いの?』

気付かない人
   →→→そんな当たり前なこと聞くんじゃない!
気付いた人
   →→→なんで暗いんだろう?
天才
   →→→じゃあ明るいと仮定してみようか


『あなたってバカね』

気付かない人
   →→→怒る
気付いた人
   →→→なぜそう思うの?
天才
   →→→ありがとう


『パンはパンでも食べられないパンはなーんだ?』

気付かない人
   →→→フライパン
気付いた人
   →→→ピーターパン
天才
   →→→腐ったパン


『なぜ人は生きているのですか?』

気付かない人
   →→→それを探すために生きるのさ
気付いた人
   →→→理由なんかなくてもいいんじゃない
天才
   →→→それより僕と踊らない?


『犬と猫どっちがすき?』

気付かない人
   →→→犬が好き
気付いた人
   →→→猫が好き
天才
   →→→あなたが好き


『洋服について一言』

気付かない人
   →→→○○のブランドが好きです
気付いた人
   →→→○○にこだわってます
天才
   →→→なぜ人は服を着るのだろう?


気付かない人


評価される部分にばかりこだわります。


気付いた人


評価される部分にこだわりません。


天才


もはやよく分かりません。



いろいろな質問などにも対応できる「みつわけメソッド」をぜひご活用ください。




なんと2位になりました。応援ありがとうございました。
  1. 2007/01/23(火) 20:55:14|
  2. 超エッセイ
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友達の才能

この前の金曜日に友達の才能を発見。


動画入手しました。







まさに驚きです。


実はこの動画、手持ちの携帯電話で撮られているのです。


手振れせずに僕の踊りを捕らえている摩訶不思議な構造です。


手振れ補正機能なくてもここまでのクオリティ!


さらにその凄さが分かる動画。











なんとカメラが激しく動いても手振れが目立たないのです!

さすが生徒会室の前!

俺たちができないことを平然とやってのける!
そこにしびれる!憧れるゥ!


というわけで友達のカメラマンの才能でした。



そして動画編集楽しかったです。


おしまい。



(Feniさんへ。動画ありがとう! ムービーメーカーで編集してネタにしてみたよ。君の体の振動吸収能力に嫉妬)



クリックありがとうございます。
2位のお礼の企画、本気で考えます。2月14日をまたれよ!
  1. 2007/01/22(月) 22:30:03|
  2. 芸術的にアート
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苦労しよう

「苦労」があると人生楽しくなります。

苦労のない人生なんて、つまらない。

起承転結は面白い。




ただ闇雲に苦労を称える記事になるといけないので、補足しておくと嫌な苦労からは逃げるべきです。
我慢が美徳とされていた時代は終わりです。
これからのトレンドは楽しい苦労。これだね、これ。

苦労はなぜ発生するかというと、なにか目標に突っ走ってるときに壁にぶち当たること。
つまり目標のない奴や、前に進んでない奴には苦労は存在しない。
自分の欲望を叶えようとして、それを阻むものの存在が面白い。

もしその障害がなかったら面白くない。
一番不幸なのは一国の王様で、言えばなんでも叶う生活。
苦労がないから起承転結がない。とても平坦な毎日。
食べ物に困ることはないし、欲しいものは何でも手に入り、異性にも困らず、箸より重いものは持ったことがない。
もう隣には執事や家政婦がずらり。
「日本の秋葉原ってとこに面白いDVDがあるんだけど」
って一言喋るだけで、執事は飛行機で日本に飛びます。
執事たちは権力を使って秋葉原中のDVDを買い占めます。
王様は一歩も動かずに手に入り、朝から晩までDVDを見ていても誰にも怒られない。

こんな生活3年で飽きます。
ストーリーがない。逸話もない。
起承転結がない。ないない尽くしです。
苦労がないだけでこんなにも生活はつまらなくなるのです。

苦労は加湿器みたいなもので生活に潤いをもたらします。
人生の楽しみは苦労にあると言っても過言ではありません。
どれだけ楽しい苦労を味わえるかにかかっています。

苦労があるとメリハリがあって、将来ビックになったときに話のネタになります。

楽しい苦労で、楽しい人生を。



まとめ

苦労を楽しもう



ランキング応援ありがとうございました。
お礼に「バレンタインデー企画」を苦労して考えておきます(´∀`*)
  1. 2007/01/21(日) 09:11:15|
  2. 超エッセイ
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ポスト・イットの使い方

やなせさんが読書するときにポストイットを本にはさんでますよね。
そのポストイットには何を書けばいいのかとか記事にしてもらうと嬉しいです。
ていうか読書法とか書いてもらえばなお嬉しいです。
1月12日の記事のジョルノさんのコメントより。

というわけで書きました。


本を読むときのポスト・イットの使い方のまとめ(・∀・)


その1

まずポスト・イットを張る位置です。
適当に張ります。
ただ張る位置によって「縦書き」「横書き」が変わるので注意が必要です。




ポスト・イットには闇雲に書くのではなく、どこに張るかだいたい把握してから、縦書きか横書きか決めるといいです。
上の辺に張るなら縦書き。
横の辺なら横書き。
下の辺なら縦書き。
たぶんこのへんは何度も書いて失敗を重ねれば慣れてきます。
条件反射で「縦書き」と「横書き」を使い分けられるようになります。



その2

ポスト・イットに何を書くか?
これは「適当」です。
自分の思ったことを自由に。
だれか様式を決めてブログで公開すれば面白いかも。
これは個人個人異なるから見るのも面白そう(´∀`*)

とりあえず僕が書いてる3つのこと

上から順に「同意」「反論」「意見」とでも分類するとよさげ。
【同意】のポスト・イットには何も書きません。
引用に使えるなとか、いい意見だな、と思ったところに張ります。

【反論】のポスト・イットは自分の考えを書き込みます。
自分の考えをあえてメモすることによって自分が見えてきます。
このへんはポスト・イットを2枚3枚使ってもよさげ。

【意見】のポスト・イットには建設的なアイディアや、ブログに使えるネタを書き込みます。
これはポスト・イットじゃなくてネタ帳やメモ帳に書きとめてもいいかも知れませんね。



その3

最後に集計です。
図書館で借りた本にこんなことをすると、返すときにはがさなければなりません。
面倒です。
計画的にやらないと……







こんなんなります。
パソコンの前が壊滅状態になるので、ポスト・イットを張るノートを用意するといいです。
僕はたまたま手元にあった無印の大学ノートっぽいのを使ってます。





やなせさんが読書するときにポストイットを本にはさんでますよね。
そのポストイットには何を書けばいいのかとか記事にしてもらうと嬉しいです。
ていうか読書法とか書いてもらえばなお嬉しいです。

えーと、読書法はとくに考えてないです。
適当に読めば楽しい。
面白ければ、それでよし。
つまらなければ捨てちまえ。

つまらない本だと思ったら著者をメモっておきましょう。
二度とその著者の本を読まないために。

面白い本だと思ったら著者をメモっておきましょう。
その著者の本をもっと読むために。

僕は読書を「自分の投資」とか「知識を溜める」とかのためにしてないので速読とかも興味ありません。
ただの遊びです。
楽しいから、面白いから、快感だから、読んでるんです。
「自分の将来のため」とか興味ありません。
自分が読みたいものを好きなときに読む。
時間が余ったり、待ってるときの暇つぶしとしても読みます。

本なんて適当でいいよね(´∀`*)




ありがとうございます。なんと2位になれました。
感謝しても感謝しきれないので、近日中に「バレンタインデー企画」やりますね。
  1. 2007/01/19(金) 20:14:57|
  2. 超エッセイ
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ブログでの行動はパターン化してくる

ブログを長く続けていると、その行動が最適化されてきます。

ある一定の型にはまって、パターン化されます。

それが個性となって浮き出ます。



ブログでの行動パターン

1.自分のブログをひらく
2.コメントに返信
3.新しい記事を書く
4.記事を投稿して、誤字脱字の修正
5.コメント周り

この行動パターンはもう長年変わりません。
ちょっと順番が変わることはあっても、ほとんどはこの順番にこなしています。
自分で言うのもなんですがけっこう合理的です。

「なるべく読者をがっかりさせない」のが最優先なので、コメント返信より先に記事を投稿することは避けてます。
新しい記事があるから、前回の記事のコメントに返信きてるかなー? って覗かれたときにコメントがなかったら寂しいからです。
それは読者を裏切ることになるので滅多にやりません。
「コメントに返信」→「新しい記事を投稿」というのは1年ぐらい定着してるパターンです。

知り合いのブログにコメントを書きに行くのは必ず最後です。
先にコメントを書いてしまって、知人がリンクをたどって来たときに「コメントも返信されてない」「新しい記事もない」では失礼です。
コメントも返信して記事も更新してコメントをするのは僕の中では礼儀として定着しています。


記事を書くときの執筆パターン

このパターンというか癖はなぜか定着。
というか投稿ボタンを押すときのドキドキ感は絶対にブロガーじゃないと分からないと思う(´∀`*)

そもそも、こんなどうでもいい記事になぜマジな文体なのか不思議だ(・∀・)
まじめな記事を書きまくってるともとの文体に戻れないよね(ノ∀`*)

あとさ「です・ます調」と「だ・である調」は混ざっててもいいと思うんだ。
過去記事みたら恥ずかしくなったから。
ルールは変えるためにあるっ!

ボンネットはへこますためにある!


まとめ

「型」にはめると「個性」が出る



クリックありがとうございます。感謝しきれないので、今度企画やります。
  1. 2007/01/18(木) 21:29:05|
  2. 超エッセイ
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履歴書からは何も見えてこない

みんなが使っているからといってそれが便利なものだとは限らない。

たとえば「履歴書」はその典型的な例。

どこの学校も、どこの会社も採用している書類です。


実際、集まった履歴書を見てみると
「名前」
「年齢」
「性別」
「住所・連絡先」
「学歴・職歴」
「免許・資格」
「志望動機」
こんなことが所狭しと書かれています。
でも、こんなデータを見ても「その人」が全然見えてきません。

名前や性別なんて後から聞けばいい話。
たいした情報じゃありません。
僕はため息をついてペラペラと履歴書をめくっていきました。
何十枚見ても結局、飽きてくるばかり。
仕方がないので履歴書に張ってある「顔写真」だけを眺める作業となりました。

時間の無駄です。

人が見えません。

データに埋もれて、肝心な情報が見えません。


ここで履歴書の無能さに気が付きました。

たとえばあなたが人事採用の担当者だと思ってみてください。
1500人の応募がありました。
あなたは1500枚の履歴書に目を通します。

……これがどんなに大変な作業か。

履歴書を見てもまったく人が見えてきません。
結局、全員を面接しないと分かりません。
書類選考といいつつ、結局はなにも選考できていません。

人を知るための書類として適した様式はすでに近くにあります。

もちろん文房具屋に売っています。

安価で手軽に手に入ります。





それは「サイン帳」です。



わたしは○○○○年○月○○日うまれ。星座は○○座でーす。血液型は○型だよ! みんなからは○○って呼ばれてるよ! 性格は○○だけど、不安定なときは○○な性格になっちゃうかな☆ 有名人の○○に似てるってよく言われるかも。もし自分を動物にたとえるなら○○で、その理由は○○○○だからかな♪
好きな食べ物は○○で、嫌いな食べ物は○○だよ! いつか行きたい場所は○○かな→ 好きな遊びは○○だよ。普段は○○して遊んでるんだ☆ ○○歳までに結婚したくて、好きなタイプは○○です//

このようなサイン帳を誰しも小学生のときに一度は書いたことがないだろうか?
身近すぎてサイン帳の存在を忘れていました。
サイン帳だと、その人のことが本当よくわかります。
履歴書の比ではありません。

なにしろ読んでいて楽しいし、その人柄が手に取るように分かります。
格式ばった硬い表情の写真より、プリクラが張ってあって、その人の最高の笑顔を知ることができます。

履歴書より、サイン帳を採用したほうが便利です。

できるならば両方書いてもらうのが確実です。

履歴書で見えてこないもの、サイン帳で見えてこないもの。

両方を生かすのがかっこいいです。



まとめ

フォーマルにカジュアルを持ち込んでみよう



クリックありがとうございます。おかげで上位に入ることができました。
  1. 2007/01/17(水) 21:19:38|
  2. 超エッセイ
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ブログのダイエット効果

デスノートという漫画を知っていますか?

その中に竜崎というキャラクターが出てきます。

彼は四六時中甘いものを食べています。



ところが残念なことに彼は太れないのです。
摂取したエネルギーはほとんど脳にとられているからです。

竜崎が変なキャラであることを表現するために食べているわけではありません。
脳の重さは体重の2%程度にすぎないのに、摂取エネルギーを20%近くも消費します。
体が摂取した酸素の30%を脳が消費すると言われるので、脳はかなりの大食いなのです。

しかもこれは静止時の数値です。
脳が活発に活動すればどんどん脳はエネルギーを消費します。

脳は安静にしてたって1日120gのブドウ糖を消費します。
1時間あたり5gという脅威の消費量です。
竜崎はどんどん甘いものを食べてブドウ糖を摂取しても、ほとんどが脳にエネルギーを取られていたのです。

その証拠に彼は身長はある程度あるのに、体重は可哀想なほど少ないです。
つまりそれだけ彼は脳が回転しているのです。

ドラマ化もされた喰いタンの主人公である高野さんもかなりの大食いです。
でもやはり彼も太っていません。
体に蓄積されるためのエネルギーがすべて脳で消費されるからです。

これらから分かるのは、頭の回転が早い人は痩せているということ。
体を使って消費するエネルギーより脳が消費するエネルギーのほうが多いからです。

面白いことにブログを書いている人にも太っている人は少ないのです。
ブログを書くという行為はかなり脳を使うようです。
ブログをやっている人と話をすると「痩せすぎて困っている」とか「太れない」という話をよく聞きます。

ブログを書くというのは予想以上にエネルギーを使います。
ブログランキング上位の人たちは平均体重より体重が少ないです。
ブログというのはそれだけエネルギーを消費する恐怖の道具です。

頭を使えば使うほど痩せてしまいます。

痩せすぎには注意しましょう。



まとめ

やるならブログダイエット



  1. 2007/01/16(火) 18:15:06|
  2. 超エッセイ
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撮影機材見てきた in カインズホーム

カインズホームに機材の値段確認に行ってきましたよ。

映画撮るよっから早1ヶ月。

カメラ以外の機材を見てきました。





まずはレールの値段。
レールに使えそうなブツを発見(`・ω・´)
これはドリーに使えるのです。




次にアルミ伸縮台を発見。


アルミ伸縮台はイントレとして使えます。


実際に実物を見てみたほうが早いですね。



組み立てるとこのように台になるのでござるよ(・∀・)
ほら、高いべ?


視点を比べてみようじゃないか。


まずは通常視点。(ビフォー)






イントレ使用後(アフター)




少し俯瞰(アフターその2)




全然、画角が違ってきます。



次に、ドリーのタイヤ調べ


715円から1350円まで幅広い。
タイヤは4つ必要だからそれも計算に入れねば。


ここでドリーっぽいもの発見。
嬉しい誤算。



これで代用可能かな?
前輪が駆動するのが気に食わないが(´・ω・`)




こっちはワンサイズ小さいけど、前輪が固定されてます。
値段もリーズナブル! 収納もらくちん!




面白そうなのでランキングに参加してみました。
これもこもりんの影響やで、うほ!
  1. 2007/01/15(月) 16:24:04|
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教育2.0へようこそ

「教育2.0」というのを知っていますか?
「きょういく にいてんぜろ」と読みます。

これは既存の教育、つまり今の教育システムを「教育1.0」と呼んだときと対照に位置するシステムです。

教育1.0と教育2.0の違いを見比べてみると、まったく正反対なことに驚きです。
教育1.0の世界で生きていた人にとって教育2.0は奇特なものに見えるでしょう。
大人からみれば奇をてらった無秩序の世界に見えるかもしれません。
なぜならば教育1.0の世界になじみすぎてしまったから。
教育1.0の世界に長く住みすぎて教育1.0の思想が頭にこびり付くと、教育2.0を受け入れるのは困難です。

まず、教育1.0の世界での中学以下の教育は「小中学校」に独占されています。
ひとつの市場にひとつの会社しかないような状態です。
これはとても危険なシステムだということは一目瞭然です。
生徒は学校を選べないし、学校は独占という安心感から向上をやめ停滞を始める。

複数の学校があって、生徒はそれを自由に選べる。
これにより独占を防ぎ、活発な教育を保つのです。
教育2.0を紹介します」から引用すると
予算をどのように使うかがマスターの腕の見せ所です。
ここには最高の自由が許されていて、予算を100%使ってなにをしようが自由です。
それによりマスターの信念がそのまま学校になります。
(中略)
ただし、無茶苦茶にやると生徒は離れていきます。
なぜならば転校が自由だから。
駄目な学校からは生徒が離れていきます。
するとその学校は潰れます。
必然的に、悪い学校はなくなって、良い学校だけが残るシステムなのです。
こういう点ではマスターというのは「校長」ではなく「社長」に近い職業といえるでしょう。

このように教育2.0では人の動きが活発です。
生徒は常に「良い学校はないか」とアンテナを張り巡らします。
学校は「生徒に最高のサービスを提供しよう」と創意工夫を凝らします。

教育1.0では、こうは行きません。
生徒は自分に適した環境を求めず、自分の居場所を探すことをしません。
学校も努力して向上しなくても、生徒は逃げていかないのでダラダラと活動します。

教育1.0はとてもゆるいのです。
真剣にやっても、ダラダラやってもなにも変わりません。
すると必然的にダラダラした学校ばかりになります。

教育2.0はとても厳しいです。
だめな教育をすると生徒は逃げていきます。
簡素な書類手続きだけで30分もあれば転校が完了します。
それぞれの学校のマスター(学校の手入れ調整をする役職)はアイディアを競い、切磋琢磨して最高の学校を作り上げていくのです。
生徒同士だけでなく、学校同士でも向上し続ける環境は弱肉強食の世界です。



教育の環境だけでなく、内容も教育1.0はゆるいです。
決まった時間に、決まったことをすればよいのですから、馬鹿な生徒にとってはとても楽な環境です。
だんだん堕落していき自分で考え選択するという能力が退化します。
論理的な行動をしなくなり、「先生が言うことだから正しいのだろう」と考え、自分で考えることをしなくなります。
ただ、先生の言うことを聞いていれば優等生と言われるのでますます堕落していきます。

それに対して教育2.0はとても厳しい世界です。
決まった時間に、決まったことをするというルールはありません。
自由に、好きなように自分を高めることができます。
馬鹿な生徒にとっては地獄のような世界です。
自分で考えることができないので、自分の意見や信念を持ちません。
周りは夢や希望を持って自ら意欲的に学んでいるのに、自分だけポツンとなにもすることが見つからない……

逆に頭のいい生徒にとっては最高の環境です。
自分の信念・理念・美学にそって素直に行動できるのです。
学校は自分の行動を広げるために最大限の努力をしてくれます。
興味や関心、自分の夢に向かって突っ走れるのです。

前述で「馬鹿な生徒」と「頭のいい生徒」に分けて書きましたが、ではこの馬鹿な生徒は誰が生み出したのでしょうか。
それは教育1.0が生み出した生徒です。
教育1.0の世界にぬくぬくと浸っていれば馬鹿な生徒が簡単に出来上がります。
責任もない、自由もない。自分が高められないのは教師のせいだ、と責任を押し付けることもできます。

教育2.0はとても辛くて厳しいのです。
学校は「最高の環境」を生徒に提供します。
生徒は目の前にある最高の環境をどう使おうが自由。
自分を高める仕事は自分でやるのです。
他人に責任を押し付けることができません。

教育1.0は豪華客船の旅と言えます。
教育2.0は徒歩でジャングルを突き進むようなものです。

道を切り開く責任がのしかかります。
ただし、進む道は自由。
責任には自由が伴うのです。

人生の中で「責任の大きいほう」と「責任の小さいほう」を選択するときがあるかもしれません。
そこは「責任の大きいほう」を選択したほうが自由度が高いのです。

責任が大きいと自由に行動できない。
そういう人もいるかも知れません。
でも、それは間違っています。

責任が大きければ大きいほど自由になれるのです。


会社の平社員と社長を考えてみましょう。
平社員のほうが責任は少ないし、気楽です。
社長は会社の存続にかかわるため責任は重大です。
でも、どのように会社を運営するか、どのような方向性にするか「自由」があります。

人生でなにか選択するべきことがあったら責任の重大なほうを選びましょう。
なぜならば責任には自由が伴うからです。
自由というのは選択の自由。
可能性が広がります。
人生が楽しくなります。

もう一度言います。

責任には自由が伴います

責任が大きければ大きいほど、あなたは自由になれるのです。



教育2.0の世界へ、ようこそ。

  1. 2007/01/14(日) 09:39:33|
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教育2.0を紹介します

教育2.0を見てきました。

ようすを少し紹介しますね。



まず、入学日について。
4月生まれから3月生まれまで12ヶ月の幅がありますので
生徒は6歳の誕生日が来たら自由に登校してよいことになっています。
登校時間は自由です。
朝に来ようが夜に来ようがかまいません。
ただ「週に3日以上は休むのが望ましい」というガイドラインはあるようです。
学年・クラスといった概念がないので番号で呼ばれることもありません。
生徒は学校に来て好きなフロアで過ごすのです。
学校にいる大人は、泊まり込みで手入れ調整を担う「マスター」
教えるのが目的の「ティーチャー」はいません。
生徒から求められたときだけ助言する「アドバイザー」が数人。
体調管理や保健相談の「ドクター」もいます。

生徒は学校に来てもいいし、来なくてもいい。
帰ってもいいし、帰らなくてもいい。
生徒が寝泊まりするのもかまいません。
シャワー室やバスタブも完備してあります。
キッチンもあるので友達同士でクッキングしてもいいのです。
学校のとなりには図書館があり、生徒はいくらでも本を借りることが出来ます。

もちろん生徒の転校も自由です。
自分に合う学校を探す旅に出る生徒もいます。
学校の設備投資はマスターに一任されています。

学校を出る時期は決まっていて18歳の誕生日に卒業です。卒業式こそありませんが、みんなから祝福を存分に受けます。

外部の人を自由に呼んでも構いません。
予算内であれば大学の教授を招くのもよいでしょう。
生徒の希望により宇宙飛行士を呼んで話を聞くのも面白いかもしれません。
すべてはマスターと生徒で話し合って予算の使い方を決めてください。
ピアノを買ってもいいし、最新式のパソコンを買うのも自由です。
地域住民から寄贈してもらったり、生徒が持ち込みで備品を増やすのも賢い方法といえるでしょう。

生徒は学校にお金を払いません。自分の投資にしっかりと計画することができるのです。
しかも、ある場合よっては生徒にお金が支給されることもあるのです。
それは交通費がかかる場合や、功績があった場合などです。
お金を払うのではなく、むしろもらえるというのは日本では考えにくいかもしれませんね。

学校によっては「カウンセラー」を置いたり、人事の自由もマスターには保障されます。
つまりマスターの個性がダイレクトに学校に反映されるのです。
それにより様々な学校が存在するのです。
自分に合う学校を探すために、放浪の旅に出る生徒がいるのも頷けます。

そういえば、学校にいる大人を言い忘れていました。
学校の警備を担当する「ファーザー」です。
彼らは日本で言う警察官のような役職です。
でも、制服を身にまとった怖そうな人たちではありません。
ジーパンにセーターというアットホームな服装で、笑顔がとても似合います。
不審者が学校に入ってきたら体を張って子供たちを守ります。
普段は、校舎に破損がないか見回ったり、用務をこなしています。
子供たちが「一緒にブランコ作ろうよ!」と誘ってくるならば、ファーザーは子供たちと一緒に木を切ったりして力仕事の手伝いをします。

学校には生徒数に応じた予算が毎年2回入ってきます。
なのでマスターは年に2回、国に生徒数を報告しなければなりません。
予算の使い道は、前述したとおり生徒との話し合いで決められます。
日本では「職員会議」という生徒が入り込めないスペースで勝手に決めてしまうので、ちょっと想像しにくいですね。
この辺も教育2.0の理念が生きていえるといえるでしょう。
学校を取り仕切るマスターも生徒と平等なのです。

さらにマスターには「校長」という名前は似合いません。
なぜならば「子供たちに最高のサービスを提供する」という理念の下に行動しているからです。
ただ事務をこなすのではなく、その自由もしっかりと保障されています。
学校をどのように運営するのかも一任されているのです。
予算の使い方によって学校ごとに個性が出てきます。
音楽機材やライブハウスなどを敷地内に構えた学校もあります。
体育館やスポーツ機材に予算を潤沢に使った学校も存在します。
予算をどのように使うかがマスターの腕の見せ所です。
ここには最高の自由が許されていて、予算を100%使ってなにをしようが自由です。
それによりマスターの信念がそのまま学校になります。
敷地や校舎を売り払って、インターネット上に学校を構えたマスターもいます。
予算をいっぱいに使って校舎をアスレチックのような忍者屋敷ともつかぬアバンギャルドな雰囲気を作り出したマスターもいます。

マスターというのはとても責任の重い仕事です。
そのかわり自由度は最高にあります。
責任には自由が伴います。

ただし、無茶苦茶にやると生徒は離れていきます。
なぜならば転校が自由だから。
駄目な学校からは生徒が離れていきます。
するとその学校は潰れます。
必然的に、悪い学校はなくなって、良い学校だけが残るシステムなのです。
こういう点ではマスターというのは「校長」ではなく「社長」に近い職業といえるでしょう。

次に学校の様子を紹介します。
校舎内を歩き回っていると6歳から18歳までの生徒が入り混じっています。
グループでなにかをしていたり、個人でなにかをやっている生徒もいます。
ペットのトリミングをする仕事に興味のある生徒のために、マスターがトリミングの先生を呼んで体験授業しているところもありました。

12歳の男の子が、6人ぐらいの6,7歳の子供たちと輪になって授業をしている光景も見られました。
逆に、15歳の子が18歳の子に教えている場面も。
彼らには年齢など「どうでもいいこと」なのでしょうね。




■教育2.0に興味を持ったなら

 教育2.0と教育1.0の違いをまとめてみた
 教育1.0から教育2.0へ

  1. 2007/01/13(土) 20:59:35|
  2. きょういく論
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高校中退のススメ



僕の高校中退マニュアル 稲泉 連 (著)

またも面白い本に出合えました。

高校中退について詳しく教えてくれて、しかも体験記というおまけつき。

誰もが通る「高校中退」について読み解いていきましょう。



まずみんなが持っているイメージとして、どんなものがありますか。
「高校中退に対してのイメージ」
などなど奇特なこととして見られがちです。
周囲の人も決まって口をはさんできます。
17歳が人生と世界を考える - 苦悩によると
「高専2年生で辞めたらただの中卒」
「中卒やったら誰も相手してくれない」
といったものが多いようです。
いかにも「あなたのことを思って忠告しているんですよ」というニュアンスが含まれている。

いわば自分の価値観を他人に押し付けようとする行為の典型です。
しかも忠告してくる人は「好意」をもって接してくるのでたちが悪い。

たしかに高校中退というのは怖いです。
中退直前になると言いようのない不安感に襲われることもあります。
でも、僕は中退というステップを踏まないと前に進めないと思いました。

今までは曖昧に考えていた中退を実際に考えるとなんだか不安になります。
先ほど引用したように「中卒」という文字を見ると、「高校生」という肩書きがなくなるのは恐怖すら感じます。
逆に言えば、自分がいかに「高校生」という肩書きに頼ってきたか実感することができました。

「中卒は誰も相手してくれない」というのはメリットだと考えます。
中卒というだけで相手にしてくれない無能な人々を遠ざけることができます。
学歴しか見ない視野の狭いカチカチの人が一掃できるので、一般の人より一歩リードしたと言えるでしょう。

求人に「高卒以上」とか「大卒以上」と書いてある無能な会社に就職する危険もありません。
面接に行って、中卒という理由で落とすような会社はこっちから願い下げです。
たとえ面接で落とされたとしても、後悔するのは10年後、20年後の採用担当者です。

中卒というのは、人を見極めるフィルターとして働きます。
無能な人を遠ざけ、有能な人ばかりが自分の周りに集まってくる。
そういうのって素晴らしいと思いませんか。

冒頭で紹介した本は高校中退のメリットを教えてくれて、体験記も載っているので不安な気持ちを払拭させてくれます。

高校中退しようと思っている人。
すでに中退しちゃった人。
すべての人におすすめの本です。

興味が沸いたのなら、図書館とかで探してみてはいかがでしょうか。



まとめ

中退は大きな武器となる

  1. 2007/01/12(金) 21:36:50|
  2. きょういく論
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学校にいらない3つの物

学校には必要のないものがたくさんあります。

特にいらない物が3つ。


● イス

ひとつめは「イス」です。
硬くて面白みのないイスは必要ありません。
勉強は座ってやるものと誰が決めたのですか?
よく考えてみてください。アイディアが沸き起こったとき、議論が白熱したとき、楽しくでワクワクしてきたとき。
これらのときにあなたは座っていましたか?
すべて立っていたはずです。
座ることは脳みその活動スイッチを止めることです。
逆に、立つという行為は脳の活動を高めます。

学校に必要なのは、ふかふかのソファー。
寝っころがれるじゅうたん。
体をうずめるクッション。
ゆらゆらと揺れるロッキングチェア。



● 机

ふたつめは「机」です。
机に噛り付き、死に物狂いで参考書の内容を脳みそにコピーする。
そんな作業は非生産的で退屈です。
そんな行為はスマートとは言えません。
机を学校から無くしましょう。
これが無いだけで教室がスッキリすると思いませんか?

机上の空論という言葉通り、机に向かっていて人生を変えるような出来事がいままでの人生に一度でもあったでしょうか?
人生を変える出来事は机に向かっているときに起こるのではありません。
人と向き合ったとき。自分と向き合ったとき。本と向き合ったとき。

学校に必要なのは、美しい丸テーブル。
友と語り合うカウンター。
あなたのお気に入りのツールを置くための棚。
最高のアイディアを書き留めるための出窓。



● 時計

みっつめは「時計」です。
これは前述のふたつの物と違い、観念的なものです。
いらないのは「時間区切り」という制約。
その時間の象徴としてここでは時計と表現しています。

毎日同じ時間に起きて、毎日同じ時間に学校に行く。
同じ時間に同じことをして、同じ時間に決まった教科を学ぶ。
これはクリエイティブで知的生産的な生活ではありません。
やりたいことを、やりたいだけやる。これの重要さは意外と分からないものです。

学んでいて興味を持った。もっと知りたい。もっと研究したい。
ところが「時間だから」というくだらない理由で次の教科を強制的に学ばされる。
こんな、おしっこを途中で止めるような気持ち悪い生活、許されるわけがない。

1日という時間をどう使おうが自由。
朝から晩まで同じことを学んでもいいし、様々な分野に手を出してもいい。
その人の個性によって、もしくはそのときの気分によって。
それは自由に使われるべきです。

学校に必要なのは、太陽が見える大きな窓。
星が見える美しい天窓。
腹の音に耳を傾ける余裕。
アサガオとユウガオの植えてある花壇。



ほかにどんないらないものがありますか?

  1. 2007/01/11(木) 23:28:33|
  2. きょういく論
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最高の教育の本

2006年のP・マイブックオブザイヤー。(個人的に大ヒットな書籍の意)

1位はこいつに決定!













「変えよう!日本の学校システム」 古山明男著


三色ボールペンでぐちゃぐちゃにしたくなる本。
この本のおかげでモレスキンノートもぐちゃぐちゃです。

ペンで書き込みをして汚しまくりたい衝動に駆られる。
が、図書館で借りた本だから我慢!
汚したくなるほど素晴らしい本。
このような出会いはかなり嬉しい。


仕方がないので、ポスト・イットを使ってみた。



これなら本を汚さすに、本を荒らすことができる。



付箋替りとしてだけでなく書き込みもできる優れもの。
本は図書館で借りるという方にはポスト・イットをおすすめします。

この本には今の教育の問題点をただ羅列するだけでなく、ちゃんと海外にも目を向けて、さらに著者の考えでそれらを根本的に解決するアイディアが載っています。
僕が組み立ててる教育2.0に限りなく近い。むしろそれを超えている。


僕はこの3つの自由が重要だと考えていました。
ところがこの著者はさらに進んでいて「学校を作る自由」まで発想が広がっていたのです。

「先生が悪い」や「教育委員会が悪い」などの狭い視野での短絡的な責任追及ではなく、教育のシステムを変えることによって根本的に解決するという他に類をみない教育書です。
いわば「本質」を突いているので、読みながら爽快な気分が味わえます。

だた、一度読んでしまうと「日本の教育のダメダメさ」が分かってしまうので、次の日から学校に行くのが怖くなります。
中高生がこの本を読むときはお気をつけください。(18禁)

すべての教育関係者に読んでもらいたい本です。

楽しくて、スリリングで、爽快な気分になれる秀逸の本です。



(やっとAmazonへリンクするタグが分かった。iframe使ってたのか)
  1. 2007/01/10(水) 18:10:54|
  2. 本・漫画・映画
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