「これを見てくれよボブ」
ジョンは一枚の写真を差し出した。
それは同じ格好をして整列している子供たち写真だった。
「なんだいこれは? とても奇妙な写真だけど」
ボブは写真をまじまじと眺めながら答えた。
「なんだと思う?」
ジョンは不敵な笑みを浮かべている。
「これは2010年ごろの日本の学校だ」
「学校!? これが? 大昔の軍隊かと思った」
ボブは座りなおして写真の細部を観察した。
「この前、部屋を整理したら昔の資料が出てきたんだ。僕もこれが学校だなんて信じられなかったよ」
「いや」
しばらくの沈黙の後、息をするのを思い出したかのようにボブは口を開いた。
「まさか」
ボブは息を呑む。
「信じられない」
目の前に不可解な問題が現れたかのような疑いの顔を向けるボブに向かってジョンは口を開いた。
「まだ続きがあるんだ」
ジョンはもったいつけるように右手の人差し指を立てた。
「文献によると学年やクラス――活動としての単位――という概念が存在し、出席番号というものがあり、ときには番号で呼ばれることもあるんだ。1年3組23番、のようにね」
「それは……まことに持って……ひどいもんだな」
「ここまで文献を読んで、これはちょっとしたホラーなんじゃないかと思ったね」
「これ、今やったらどうなるかな? 間違いなく捕まるぜ」
「こんなことも当時は平然と行われていたから歴史というのは面白い」
ジョンはコーヒーを一口飲むと、写真をポケットにしまった。
ポケットに向かった手はそのまま鞄を開き、一冊の本を二人の前に置いた。
「これが昨日整理して見つけた文献だ」
楽しむような手つきでジョンは本を開く。
「これがまたすごいんだ。――子供たちは毎日同じ時間に登校しなくてはならないし、下校時刻まで学校を出てはいけないんだ」
「なんだ……その、軟禁行為みたいなことを当時はしていたっていうことか?」
「そういうことになる」
ボブは大きなため息をついた。
「想像できないな。理解の域を超えてる」
「僕はこの本を読み通して、悪寒を覚えたよ。これは最高のホラーだった」
喋りながらもジョンはページを進めていく。
時折、面白い写真があるとボブに見せて異世界を共有した。
するとジョンはふと手を止めて、ある写真を指差した。
「これはなんだと思う?」
子供が小さな机をきっちり並べて同じ方向を向いている。
写真のキャプションはジョンが手で隠しているので読めない。
子供たちの視線の先には大人らしき人が立っている。
「これは……? なにかの罰を受けている生徒かな? とても非道だ」
ジョンはニヤリと笑ってかっこう付けて喋り出した。
「驚かないで聞いて欲しいんだ。これは処罰でも罰ゲームでもないし、虐待しているところでもない。怪しい宗教集団でもなければ、拷問や体罰の類でもない。……これが普段の授業風景なんだよ!」
驚きで声も出ないボブを尻目に喋り続けるジョン。
「毎日、同じ時間に学校にこなければならない上に、こんな非道な行為がずうっと続くんだ。いったい当時の子供たちはどんな生活だったのか想像もつかない」
ボブは何回か口をパクパクさせたあと声を発した。
「まさに――地獄だ」
さらにボブは声を張り上げた。
「このときの国はどうかしていたのか? 子供たちはなにも抗議しなかったのか? 親はなにも行動しなかったのか?」
「当時の人たちはこれを『当たり前のこと』として捕らえていたらしい。文献にはそう書いてある」
ボブは地獄の底を見たような表情をして
「これじゃあ刑務所となんにも変わらないじゃないか」
とつぶやいた。
衝撃的な写真や文章の数々。さまざまな歴史から驚きが生まれる。
ボブはジョンの話を聞き、今までとは想像も付かないほどの不思議さを味わった。
「校舎という監獄に閉じ込めて、看守の言うことを良く聞く人間が優遇され、気に食わない人間を迫害する。なんで……どうして、当時はこんなことがまかり通ってたのか不思議だよ」
「それもまた当時の人たちは『疑問にも思わなかった』んだな。そういう環境の真っ只中にいると、そういう思考パターンが出来上がってしまうのかもしれない」
ジョンはそのページの脚注に目を付け
「さらに疑問を持った人間はことごとく排除されていく環境なんだ。そういう異端児を廃棄するシステムがものすごい完成度で構築されていたらしい」
「しかも日本だろ? 自由だと聞いていた日本でそんなシステムがまかり通っていたなんて……やっぱり信じられない」
「僕だって昨日の夜に読んだときは目を疑ったさ。怖いもの見たさで読破しちゃったけど」
ジョンはさらにページめくる。
「さらにすごいのが――」
「もういい。もういい!」
ボブは耳をふさいだ。これ以上、ホラーを味わいたくなかったし、夢に出てくるぐらいリアルな話から逃げたかった。
「これは……怖すぎる。もし当時に生まれていたらと考えると夜も眠れなくなる」
「こんな教育が2040年ごろまで続くんだから。長ーい地獄だ。しかも週に5日も学校に行かなくてはならないし、授業というものがあり――大勢の生徒を一堂に集めて知識の一方的な伝達――をするらしい。その中で教える内容は決まっていて、それ以外の勉強は認められない。一切だ」
「……当時の子供たちは幸せだったのだろうか。ここまで人権を無視されて」
「まだあるよ。授業中に会話は許されないし、立ち歩くなんてもってのほか。トイレに行くにも許可が必要なんだ。服装や頭髪まで制限するという徹底ぶりだ」
「うわぁ……。いたたまれないな」
ボブはまるで自分が殴られたかのように顔をしかめて言った。
「どうだい、ボブ。教育史ってのもなかなか奥深いだろ」
「ああ、ちょっと怖いけどね」
「さらに社会全体が学歴を重視していた時代だから、そういう教育の場から逃げることはとても困難らしい。逃げ道も奪う非道さとアイディアがすごい」
「それを実行したやつらもすごいよ。人間じゃないな」
ジョンは本を閉じて鞄にしまい、ボブを見つめた。
「まだまだ昔の教育を見れば、身の毛もよだつような発見があるかもな」
この対談は月刊アソシエーション(2077年4月~6月号)に掲載されたものを加筆・修正したものです。
日本語訳にあたって携わったすべての人に感謝します。
- 2007/04/22(日) 00:54:24
-
| Comment:18